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フィルムを始めたい。そう思ってから、ずいぶん長いあいだ、棚の前に立っていた。
小さな箱がたくさん並んでいる。
名前が似ていて、数字がついていて、どれも同じように見えるのに、どれも違うらしい。何が違うのかが分からない。
始めたい気持ちはあったけど、フィルムを選ぶことができなかった。
最初の1本は、自分で選んでいない
結局その日、自分が持って帰ったフィルムは、自分で選んだものではなかった。
店の人に正直に聞いた。
初めてなので、何を買えばいいのか分からないと。するとフジカラー スペリア エクストラ 400をおすすめされた。理由を長く聞いたわけでもない。ただ、その一本を購入し帰った。
今になって思う。あのとき自分で選べなくてよかった、と。もし全部を比べ始めていたら、たぶんまだ棚の前にいる。

戻ってきた日のこと
撮り終えて、店に預けて、何日か待った。
戻ってきた写真を見て、手が止まった。色が、いつものカメラとまるで違う。
よく見ると、細かい粒が一面にある。
景色を写したというより、その日の空気をそのまま撮ったような写真だった。
自分が立っていた場所の光、湿り気や、少しぬるい風まで、写真のなかに残っている気がした。
きれいに撮れていたから驚いたのではない。撮ったつもりのないものが写っていたから驚いたのだ。
だから、最初の1本はこう選べばいい
その日から何本も撮ってきて、いま人に薦めるなら、答えは短くなった。
富士フイルムかコダックの安いフィルム。それでいい。
最初の1本は、正解を選ぶための1本ではない。
フィルムがどう写るのかを、自分の目で一度見るための1本だ。
だからいちばん大事なのは、どれを選ぶかではなく、選んで、撮り終えて、戻ってくるのを待つところまで行くこと。
棚の前で迷っている一時間より、一本撮り終えた午後のほうが、ずっと多くを教えてくれる。
数字については、ひとつだけ。400と書いてあるものを選んでおくと、晴れた日でも、少し暗い店のなかでも撮れる。迷ったら400。それくらいの覚え方で、しばらくは足りる。
渡された一本は、もう買えない
ひとつ、書いておかなければならないことがある。
自分が最初に渡されたスペリア エクストラ 400は、いま普通には手に入らない。
フィルムは、少しずつ減っている。それを寂しいと言ってしまえばそれだけの話だけれど、自分はもう少し前向きに受け取っている。
いま棚にある一本は、いま撮れる。
迷っているうちに消えてしまうものがあるなら、迷う理由はもっと少ない。
だから、最初の1本を選べないでいる人には、こう言いたい。
棚にあるものから選んでいい。名前を覚える必要もない。
それより、その一本を持って出かけたほうがいい。
つまずくのは、たぶんもう一つのほうだ
種類の多さは、こうして一本に決めてしまえば越えられる。それより自分が戸惑ったのは、撮り終えたあとだった。
このフィルム、どこに出せばいいのだろう。
撮ることばかり考えていて、現像のことを何も考えていなかった。
自分はいま、撮り終えたフィルムを店頭に持っていく。地元のカメラ屋か、カメラのキタムラ。
預けて、何日か待って、受け取る。それだけのことなのに、最初は分からなかった。
だから、これから始める人には先に言っておきたい。フィルムを買うときに、出す店も決めておくといい。
近くにカメラを扱う店があるなら、そこで買って、そこに出すのがいちばん簡単だ。
撮り終えたフィルムが、しばらく引き出しの中で眠ってしまうのは、少しもったいないから。

待つ時間まで含めて
フィルムは、撮ってすぐには見られない。
不便だと思っていたけれど、いまはその時間が好きだ。何が写っているのか分からないまま、何日か過ごす。そして戻ってきた写真のなかに、自分が覚えていない光が写っている。うまく撮れた一枚より、なぜこれを撮ったのか思い出せない一枚のほうが、あとまで残ったりする。
最初の1本は、たぶん誰が選んでもいい。店の人が選んでくれてもいい。大事なのは、それを持って出かけて、撮り終えて、待つこと。その先に、自分の見え方に少し似た写真が、きっと待っている。
── この日のフィルム ──
最初に渡された一本はもう手に入らないので、いま自分が普段使っているのは「Kodak ULTRAMAX 400」です。


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